今期ドラマのなかで唯一平均視聴率20%を超え、独走態勢のドラマ『JIN-仁-』(TBS系)。
ドラマの中では、江戸時代にタイムスリップした現代の脳外科医・南方仁(大沢たかお)が、器具や薬が満足に揃わない中、自分の知識を駆使して江戸の病に立ち向かっていく姿が描かれているわけですが・・・。
仁先生の医術は、本当にありえることなのでのでしょうか。
仁先生の専門は、脳外科。
しかし、ドラマの中では、これらや梅毒、乳がんなどありとあらゆる病気に対応しています。
専門とはまったく違う分野になるわけなのですが、実際、こんな風に対応できるものなのでしょうか。
東京共済病院院長で、突発性正常圧水頭症治療の権威でもある脳外科医・桑名信匡院長のお話。
(以下引用)
「初期研修医の段階で、内科・外科・産科・小児科は必須。
救急と麻酔科も含めて、2年間研修するので、みんな、ある程度は知識があります。
逆にいえば、研修医の段階で、江戸時代の一流レベルの治療はできてもらわないと困る(笑い)。
第4話に登場した耳下腺腫瘍(良性のこぶ)の摘出手術は現代であれば形成外科や耳鼻科がやるだろうけど、あれくらいは何科であろうと外科系の医師であればできるでしょう」
(以上引用 週刊女性)
◆江戸時代の医者たちが、実際に仁先生の医療技術を見たとしたらどう感じる?
ドラマでは、仁先生の神がかり的な医術に驚く江戸時代の医師たちの姿が描かれています。
幕末にはすでに西洋医学も日本に入ってきていたわけですが、本当にそんなに驚かれるものだったのでしょうか。
(以下引用)
「1804年には小説で有名な華岡青洲が世界初の全身麻酔の外科手術に成功しています。
その約20年後にはドイツの医師・シーボルトが長崎で西洋医学教育を始め、メスなどの医療器具も伝来していますから、教育を受けた人は、道具は別として仁先生の外科手術にはさほど驚かなかったのではないかと思います」
「この時代は、大量に流入してきた西洋医学の知識と、それまで日本古来の東洋医学が激しくぶつかった医学の面でも混沌とした時期。
当時では考えられない仁先生の外科技術を受け入れてしまう土壌もあったといえます」(『医の博物館』客員教授であり歯科医の西巻明彦先生)
(以上引用 週刊女性)
◆仁先生考案の“安道名津”、江戸時代に本当にあったらヒットした?
仁先生が、ビタミンB1不足から来る脚気対策として仁先生と咲(綾瀬はるか)が考案したのが“安道名津”。
雑穀などを混ぜて栄養素を強化し、あんをトッピングして揚げたドーナツのようなお菓子です。
これ、実際江戸時代にあったとしたら、ポピュラーなお菓子になることができたのでしょうか?
(以下引用)
「団子、大福、カステラ、砂糖がけなどのお菓子は江戸中期には出揃うのですが、揚げるお菓子というのは登場しない。
当時は油が非常に高価なものだから、お菓子をわざわざ揚げるなんて発想はない。
仮に売り出されても、町民には手が出ない超高級菓子になっていたでしょう」
(中略)
「“揚げない安道名津”を考案できれば、新しいもの好きの江戸町民が飛びついた可能性はあるかもしれません」(お菓子の歴史に詳しい全国和菓子協会の藪光生専務理事)
(以上引用 週刊女性)
◆ペニシリンが江戸時代に本当に作られていたら、どうなっていた?
(以下引用)
「かつては万能であったけど、今ではそんなに効かなくなっている。
というのもペニシリン発見の数年後にはペニシリンの耐性菌が出現しており、科学の進歩と、病原菌の進歩はいたちごっこだからです。
仮に江戸時代にペニシリンが広まっていたとしたら、どんどん使ったツケが回ってきて、現代のわれわれは全くペニシリンが通用しない進化した病原菌を相手にしなければならなくなっていたでしょう」(高須クリニック・高須克弥院長)
(以上引用 週刊女性)
どうしてここに高須クリニック院長が出てくるのかと思ったら、高須家は江戸時代から続く医師の家系なのだそうです。
(以下引用)
「僕の曾祖父は長崎に蘭学の勉強に行っていましたが、当時まだ本流ではない西洋医学を学びに行くことは、非常に肩身の狭いことだったと聞いています。
当時は触診して漢方薬を飲むだけで十分、という価値観も根強い。
効果があると言い張っても、ペニシリンのような抗生物質が広まる保障はなく、秘薬止まりで終わってしまった可能性もあるでしょう」(同)
(以上引用 週刊女性)
ドラマを見ていると、けっこう突拍子もないことをやっているように感じてしまう仁先生(大沢たかおさん)なのですが、意外とそんなにありえない話でもないんですね。
現代では医師は専門に分かれていますので、それ以外の分野は診ない、というか、できないのかなぁという印象なのですが、やっぱりある程度はオールマイティにできるように勉強していらっしゃるんですね。
熱愛報道の裏!綾瀬はるか、大沢たかお 番宣に見せかけた!
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2011年5月30日月曜日
『JIN-仁-』の仁先生の技術はどれくらいすごいのか?専門家に聞いてみました
海老蔵事件に浮上した新事実
昨年11月に世間を震撼させた東京・西麻布の飲食店ビルで発生した歌舞伎俳優・市川海老蔵暴行事件。
海老蔵を殴った伊藤リオン被告は懲役1年4月の実刑判決が確定したが、この海老蔵事件に新たな事実が浮上し、話題になっている。
海老蔵事件に浮上した新事実とは…
海老蔵を"殴った"伊藤リオン被告は昨年12月に海老蔵と示談したにもかかわらず起訴され、3月に一審で懲役1年4月の実刑判決を受け一度は控訴したものの取り下げて刑が確定。
一方、海老蔵は伊藤被告が控訴を取り下げたことなどを受け7月の舞台復帰を発表したが、事件当日に海老蔵に"殴られた"と主張した元暴走族リーダーの石元太一容疑者が、仲間2人と4月8日未明に新宿・歌舞伎町の路上で知人男性に暴行しケガを負わせたとして5月18日に傷害容疑で逮捕された。
「石元容疑者は海老蔵事件後、顔も名前も伏せてメディアに登場し『海老蔵に殴られた』と主張。しかし、当時から警視庁は石元容疑者、伊藤被告らがいた『関東連合』のOBたちの現状を調査。そんな矢先に石元容疑者の事件が起きた。石元容疑者は被害者と示談に持ち込もうとしている」(週刊誌記者)
石元容疑者といえば、先日、自宅マンションで自殺したタレントの上原美優さんとの交際が報じられ、「2年ほど交際し、今年2月に別れていた」(同記者)というが、一部週刊誌などによると、上原さんの後に交際していたのが人気モデルの藤井リナで、石元容疑者は身柄を確保された時に藤井の家にいたというのだ。
「藤井は来月、歌手デビューを控えているので、所属事務所は"火消し"に必死。しかし、藤井といえば、これまでDA PUMPのISSA、NEWSの錦戸亮、KAT-TUNの田中聖らと浮き名を流しており、六本木・西麻布かいわいでは遊び人として有名。酔っぱらうとかなりガードが緩くなるようだ」(事情通)
そこで、海老蔵事件を振り返ってみると、事件現場となった飲食店ビルの6階のダーツバーにすでに酩酊状態の海老蔵と石元容疑者が来店。海老蔵が大声を出すなど暴れたため、店内の他の客はすべて帰ってしまったようだが、その客の中に藤井リナがいたことはすでに報じられている。
ほかの客が帰った後、海老蔵が石元容疑者に絡み、さらには"灰皿テキーラ"を飲ませたとも言われ、石元被告が呼び出した伊藤被告ら後輩3人はそんな状態を見るに見かね、5人で移動した同じビル11階の会員制バーで伊藤被告が海老蔵をフルボッコに......というのがこれまで報じられている事件の概要だが、藤井と石元容疑者の交際が明らかになったことで、新説が浮上しているという。
「海老蔵が6階で暴れたのは藤井に振られた腹いせ、という報道もありましたが、ちょっと事情が違う。要は当時、石元容疑者はそれまで何度か一緒に飲んだ藤井に好意を持っていたが、事件当日そんな藤井にちょっかいを出した既婚者の海老蔵にぶち切れていた。伊藤被告もそんな海老蔵の"ご乱行"を把握しており、さらに先輩に当たる石元容疑者に失礼な態度をとった海老蔵に我慢できず殴ってしまったようだ」(同事情通)
藤井リナ プライベート?ヌード画像
藤井リナ プライベート?ヌード画像
藤井リナ プライベート?ヌード画像